パート主婦のミニマムブログ

日々の素直なつぶやき集

人からの一言で思考の沼へ潜っていく

突然、予想もしていない言葉をかけられる時がある。

たまにしかないから余計に衝撃が大きく、受け止めるのに時間がかかる。

朝一、そんな出来事があった。
悪気もなく、むしろ気を利かせて言った過去の言葉を、第三者が掘り起こしてたしなめてきた感じだ。

その直後は、まず自分の気持ちを注視してみた。
傷ついた?泣きそう?
受け入れた?納得できた?

答えは自分でもよくわからなかった。でも、すぐに泣くことはないだろうなと感じた。


衝撃がおさまり、状況がわかってくると、思考の沼へと入っていった。

ゆっくり、ゆっくりと…。


朝起きたことから、こんな夕方にいたるまて、私はずっとその出来事について考えていた。

一言で言って、切り替え下手。

でも別にいい。切り替えること、忘れることが全てではない。

私は決してこの出来事の内容を職場や夫には伝えない。

自分の中で反芻して、考え抜いて、納得するかどうでもよくなるか自然に忘れられれば、それでいい。


思考の沼。そう、沼だ。
海や川のように透き通ってもいないし、さらさらでもない。
どこかもったりした、薄汚れた、視界の悪い沼。


そう感じるのはきっと、納得していないからだ。


もちろん納得したふりをした。
ありがとうございますとさえ言った。
それは大人として当然の態度。
争っても言い返しても負しか生まれない。


しかし納得していない。

私は相手の価値観を押し付けられただけではないか?

なぜそのとき言わないで、数日経ってから伝えてきたのか?その場で言えばサッと終わったのに?

朝からマイナスな言葉をかけられるとは何なのか?
せめて仕事終わりに言えなかったのか?

本人が言うならまだしも、雑談ほどの内容について部外者が口を出すのはどうなのか?

そもそも私の発言は、たしなめられるほどのことだったか?


そう、私はプライドが高い。
弱さを周りに見せたくない。
人から言われたことを素直に聞いたふりをして、切り替えているふりをして、納得して感謝したふりをして、心の内側は真逆なのだ。


昔から人に何か言われると、その言葉を反芻しては落ち込み、泣き、傷ついてきた。
言葉そのものの刃に傷つけられてきた。

でも今は違う。

反抗している。疑問をぶつけている。

泣いてスッキリするならどうか自分よ泣いてくれと思っている。

今日は今のところ涙が出ていない。
言葉の刃に傷ついたんじゃなくて、言葉の意味を問うている。

一見正しく聞こえるその言葉を、本当に真実かと疑っている。


尊敬していて信頼している人から、根拠ある具体的な注意を受けたら、私は納得し、その人に感謝できるだろうか。

それさえもできないなら、私はただのプライドが高いだけの勘違い野郎だろうな。


ま、今日のことについては、そろそろ考えるのもいいや。
結果、納得していないってことが分かっただけで。


人の価値観をぶつけられて、ふーん、あなたはそう考えるのね。それでいいや。


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