夢では子持ちママ(愚痴込みm_ _m)
※今回の内容には愚痴が入ってしまいました。後ろ向きな内容、愚痴を目にしたくない方はお読みにならないでください。ごめんなさい。
最近、夢の中の私は、子どもがいるか、妊娠していることが多い。
妊娠がわかり、心の中で、
(あぁ、今日からコーヒーは飲めないのね…)
とか、
(あぁ、昨日◯◯食べちゃった…大丈夫かな)
などと思っているのである。
感慨深いような、微笑みながら困っちゃったな…なんて、そんな感情をリアルに感じている。
心のどこかに、妊娠出産への意識があるのだ。そしてその意識が以前よりも徐々に強まっているのだろう。
ほんの少しずつだけれど、子どもを授かることを楽しみにしている自分がいる。
どうしてだろう。
新生児や子どもと関わる機会がわりとあるからだろうか。
数値では測れない、言葉では言い表せない愛しさというものを、肌で感じているからだろうか。
-出産を経験しないと女性はダメ。
そんなことを平気で口にする人がいる。
私は、正直に申し上げて、その言葉を口にする人自身をどうかと思う。一気に残念な人だと思ってしまう。
勝手に思うのは結構だが、決して口にするべきではない言葉だ。だって妊娠できるかどうかはその人の能力や努力が全てではないから。人には様々な事情があるのだから。あなたは運よく(って言ったら失礼だけど)妊娠、出産を経験できて、それがよかった!と心から思える幸せな人だっただけ。私は幸せだなぁ、でとどめておいてほしい。自分の経験と他人の人生を簡単にリンクさせて軽々しく口に出さないでいただきたい。
結婚して数年経ったからだろうか。ふとしたときに、
-女性はね、出産して初めて成長できるの。
なんてドヤ顔で言われることがある。
いつも、
-そうですか。
としか言えない。
再び正直に申し上げて、配慮の欠けた人だと思ってしまう。このように相手を裁いてしまうことは、反省すべきことなのだが。
結婚生活にも同じことが言える。
-結婚しないと人は成長できない。
そうだろうか?
人には人の人生がある。考えがある。事情がある。
私も他人の人生に口を出さないように気をつけたいものだ。
余談、愚痴パート2。
先日とある店に行ったとき、生まれて数年であろう子どもとその母親が店内で鬼ごっこをしていた。
遊んでいたわけじゃない。母親が目を離したすきにどこかに行ってしまうのだ。
母親の猫なで声がやけに耳につく。
「もぉ~◯◯くぅ~ん、どうしてママの言うこと聞けないの~?」
母親が走って追いかけると、子どもは嬉しそうにきゃっきゃきゃっきゃと離れていく。追いかけっこが楽しいのだ。
母親はそんな息子がかわいいのか、まんざらでもなく、追いかけていく。口では「ママの言うこと聞いて~」と言いながらその本気度は低い。
正直、勘弁してくれよと思う。
店内には多くの商品と、買い物中のお客さんが大勢いるのだ。
第一に迷惑、思考の邪魔になる。
そして第二に、みんながみんな子どもをかわいいと思っているわけではない。
ぶつかってけがさせたら大変だから気を遣うし、子どものかん高い声が苦手な人もいるだろうし、商品にぶつかったら店員さんにも迷惑をかける。
楽しい追いかけっこなら公園でしてくれないだろうか?
息子が単純な追いかけっこを楽しんでいるのは様子を見ていたらわかるのだから。
「ここはお店。追いかけっこする場所じゃないよ。走っていくならおんぶする。どうする?言うこと聞けないならもうお店を出よう。(→実際にお店を出る)」私ならこうする。
一番気に入らなかったのは母親がこちら(周りの客)をちらちら見ながら猫なで声を出していたこと。気つかっていたのか、微笑んでかわいいですね、なんて言われることを待っていたのか。
もし子どもを授かっても、マイワールドに浸りすぎないように気をつけようと改めて心に刻んだ。
…こんなこと綴っているとどこかから声が聞こえてきますね。
-あなたも、生んだらわかるよ。そんなこと言ってられなくなるから。
-…
-そうですか。
こんな話ですみません。